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街歩きマイスター

Author:街歩きマイスター
船橋の町を案内するのが船橋街歩きマイスターです。
歴史や自然の観光資源、イベントやエンターテイメント
を紹介しています。
街歩きの途中で出会ったこと、発見したことを書き綴って
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海老川に水鳥が戻ってきた!
海老川の水鳥
         
  海老川に水鳥たちが戻ってきた!

 富士見橋の下流
富士見橋から上流の海老川です。
 
DSC_0284.jpg
水鳥が見られる海老川の地図

水鳥が遊ぶ海老川  ヒドリガモ1月20日 (2)

”戻ってきた!”と言われてもピンとこられないかもしれません。市街地を流れる海老川や東京湾に注ぐ海老川を見てるだけでは上流にきれいな水が流れていることは理解しにくいことでしょう。また、海老川をよく知る人からは何をおおげさなことと笑われるかもしれませんが、きれいになった川に鳥たちが帰ってきていました。率直な印象になりますが、船橋の自然も捨てたものでもない!と思いました。平成28年の1月上旬に見た水鳥たちの記録です。

驚きましたし、何故かうれしかった。こんな都会の川で水鳥が遊ぶ風景を見ることができることを期待していませんでした。海老川で清流が流れるせせらぎを目にした時に船橋の自然を見直しました。富士見橋より上流には川底に小石や人工物が敷き詰められていますので、せせらぎが見られ、澄んだ透明な水が浅瀬を流れていました。そして、さくら橋周辺の清流では水鳥たちが遊んでいるのを見かけました。水鳥たちはよく知っています。海老川の自然が戻ってきていることを確信しました。

オオバン2 DSCN8420.jpg
 海老川のどの流域でも見かけるオオバン 海老川の主的存在!

海老川の流域で一番目にする水鳥はオオバンです。どの流域でも見かけます。真っ黒な羽にくちばしが白いのが特色の鳥です。次いで多いのは、色鮮やかな羽のカモの仲間たちです。ヒドリガモ、ハシビロガモの雄は特に目立ちます。さくら橋周辺でカルガモ、オナガガモも見ました。白い羽が美しいサギの仲間たちは3種類いました。オオサギは群れをなしてやってきて、コサギ、アオサギは単独で行動しているようでした。前原川を遡ると海老川調整池が計画されている一帯に葭原があります。ここが水鳥たちの恰好のねぐらになるのだろうと勝手に思いました。

オオサギ遊ぶ アオサギ加わる
 清流の浅瀬でオオサギが遊んでいましたが、いつの間にかアオサギ(中央の鳥)も。

 清流で遊ぶハシビロガモ コサギとハシビロガモ
ハシビロガモの番いが遊んでいるところに、コサギも加わる

前原川流入地点
前原川と海老川が合流する地点。

 前原川を望む
流入する前原川。遠くにダイサギが群れを作っているのが見えました

ダイサギの群れ ダイサギ
葦原で休むオオサギの群れ  白い羽が美しいダイサギ

鷹匠橋上流
鷹匠橋上流では清流が戻った海老川に多くの水鳥がきていました。

 サギが遊ぶ海老川 
サギが遊ぶ海老川上流。この辺りの風景が一番気にいってます。 

川面に映るダイサギ 清流が戻った海老川 (30)

飯山満川が流入するところには、ゆりかもめが群れでやってきていました。川遊びに飽きたゆりかもめたちが、近くを通る東葉高速鉄道の電線で羽を休めていました。カワウもきており、ユリカモメと一緒に電線から見下ろしていました。10種類の水鳥を確認することができました。

せせらぎと水鳥 ユリカモメ2 餌を撒く人 線路の電線のユリカモメ
  餌を撒く人にユリカモメが集まってきた。遊び疲れたら電線に止まって休むのでしょうか?

飯山満川流入地点 堤で草を食べるオオバン
飯山満川流入地点には、ユリカモメが遊び、上流にはいろいろな鳥たちがやってきていました。

ヒドリガモ雄2 ヒドリガモの番い
ヒドリガモは冬の渡り鳥。雄は頭が赤茶色

ハジロガモ5
 こちらも冬の渡り鳥ハジロガモ。雄は頭が光沢のある深い青色で腹が赤茶色


 ハジロガモ雌
ハジロガモの雌は地味な色です。

1月16日ヒドリガモ 
のんびりとヒドリガモの夫婦 

1月16日オナガガモ (2)
数は少ないが、オナガガモの姿も見かけました。冬の渡り鳥です。

アオサギ 1月16日 (10)
                      アオサギ(上)とコサギ(下)

 カルガモ (2) カルガモ2
 カルガモ くちばしの先が黄色で、足が赤っぽいのが特色です。
カワウ2 カワウ2 (2) - コピー
 カワウは河口でも見かけるが海老川にも群れでやってきます。
 ビル屋上のカワウたち  ビルの屋上などで休んでいる姿を見かけました。


海老川の両岸に12の福像が設置されています。20年前に建てられたものです。かつてこの川に生息していた生き物たちが福神さんに伴われた姿で彫像されています。この福像は、生態系の回復を願った船橋市民の先輩のみなさんが立てた像ですが、今日の海老川の自然再生はこうした方々の尽力が実ったものであるとつくづく思いました。頭が下がる思いです。お陰で豊かな自然が戻ってきています。心無い人のポイ捨てで折角の風景に水を差しているのは残念なことですが、自然にもやさしくありたいものです。

手長海老寿老人2  DSCN8648.jpg
海老川の福像 手長海老寿老人像。寿老人がかつて海老川に生息していた手長海老を頭上に頂く




























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未分類 | 17:50:07 | コメント(0)
新春の海老川福像巡り
新春の海老川福像巡り

 1月8日(金)、初春の暖かい午前、海老川沿いに設置された福像巡りをイトーピア自治会のみなさんと楽しんできました。川沿いには福像を始め多くの彫刻があります。歩くだけでなく、ここには見て知る楽しみもありました。

DSCN8407.jpg   "手つくりマップ"
   蓮見喜代江さん手作りのマップをもらって歩きました

海老川のオオバン     オオバン (2) DSCN8427.jpg 
 海老川の至るところで見かけるオオバン

福像は海老川再生のみちしるべ

 海老川沿いの散歩道はきれいに整備されています。海老川の水はねエ!と眉をしかめる方が居られるかもしれませんが、流れる水は意外?に澄んでおり、少しのごみは見かけましたが富士見橋から上流の海老川の流れは安らぎを感じる程きれいになっていました。水鳥たちが餌を求めてやってきて遊ぶ姿はなごませてくれます。自然の有難さに気づかされました。これが生態系の豊かさなのでしょうね。小鮒釣りしかの川に戻るには時間がかかると思いますが、海老川が徐々にふるさとの川に戻ってきているのだと知りうれしくなりました。良い機会を与えて頂き、案内してくれたマイスターのみなさまにお礼申し上げます。

どじょう恵比須像      前原川合流地点にあるどじょう恵比須像

せせらぎで遊ぶゆりかもめ
飯山満川流入地点で遊ぶゆりかもめ。頭上の電線にもたくさんのユリカモメが止まっていました

河津桜DSCN8441.jpg

暖冬のせいか河津桜が咲き始めていました

【同行記】

 福像巡りには、<みちしるべ(道標)>として作られた福像を辿りながら、整備された海老川の散歩道(ジョギングロード)を歩く楽しみがあります。海老川河口のららぽーと敷地内にある福像(昇龍の像)に始まり、東葉高速鉄道高架線路付近に架かる八栄橋際の福像(しじみ弁天の像)に至る10の福像が海老川沿いにあります。今回はその内、6福像を巡ってきました。

 船橋駅北口広場に集合、船橋駅北口十字路にある「とんぼ大黒の像」(蓮見マイスター案内)を第一ポイントに、海老川の太郎橋に出て、袂にある「ほていあおいの像」(下野マイスター案内)、地方市場付近の「手長海老姿寿老人像」(蓮見マイスター)の案内を聞きながらじっくり福像を見てきました。県道(通称いちば通り)に架かる富士見橋を渡って「毘沙蛙門天の像」(佐藤マイスター)を、それから鷹匠橋で海老川の対岸に渡り、「どじょう恵比須像」(時間の関係で割愛)、八栄橋際にある「しじみ弁天像」(西野マイスター)を最後に、今日の福像巡りは終わりました。ゆっくり歩きましたので、2時間半の街歩きとなりました。
長津川 「とんぼ大黒」長津川の船橋駅北口十字路が出発ポイント   海老川の流れに沿って

 途中、さくら橋の近くで凝塊岩?(新島産とのこと)に彫られた六体の像に案内され、西野マイスターより貴重な解説を聞きました。日本の美術界を代表する5人の彫刻家の作品だそうです。参加者の方に美術に詳しい方がおられその名は知っていると話しておられました。野外展示には勿体ない方の作品です。この話はあまり知られていないようですし、美術にはあまり精通していないからと西野マイスターは仔細なことは説明されませんでしたので、興味ある方は西野さんにお尋ねください。ここの像の他に、左岸には同じ時期に設置されたのであろう同じような像があちこちに置かれているのを見ました。像の痛み方をすると海老川再生運動の初期の時代に置かれたものではないでしょうか?この他、海老川調整池計画の話や鷹匠の語りがマイスターから説明がありました。

川沿いに設置されている福像は、どれもユニークです

 ほていあおい像 ほていあおいの像(太郎橋袂)
手長海寿老老人 手長海寿老老人が海老川に生息していた手長海老を頭上に頂く(市場付近)
蛙に乗った毘沙門天 蛙に乗った毘沙門天(鷹匠橋付近)
とんぼ大黒 とんぼ大黒(船橋駅北口十字路 長津川沿い)

7福神はよく知られた神様ですが、その福神さまがどじょうや蛙、しじみ、とんぼ、手長海老、ほていあおいなど50~60年昔海老川に生息していた生き物を伴って福神の姿で彫塑されているのが、海老川の福像です。著名な漫画家牧野恵一さんたちが考え抜いてデザインされた独創性のある像で、人に幸せのために環境との調和をもたらしてくれるようにとの願いを込めて作られたものです。

私には今は姿を消した海老川の生き物たちの声を届けにきてくれた福の神さまに見えました。歩くのを止めて眺めていますと、どの福像もててもユニークです。生態系回復の願いを込めて作られた像が多いのですが、よく見ると河童が彫られているのに気づきます。これは未来に羽ばたく子供を表すものと道標は教えてくれました。

人の幸せを願い、環境との調和を説き、子供の将来を見守るこれらの福神さまの像は、やがて船橋市民の誇りになりうるものだと思いました。素晴らしいメッセージを残してくれた先輩たちに感謝せずにはいられませんでした。

いろいろな彫刻が楽しめます

お宝に触る 忘れられたお宝に触る?
お宝 風化したお宝

 海老川沿いにはなんと多くの彫刻作品が飾られているのでしょうか。福像さんだけではありません。太郎橋の欄干を飾る太郎をテーマにした銅像、富士見橋の若い女性の像なども立ち止まって見るだけの価値がありました。在日大韓基督教会船橋教会前に置かれている”忘れられた作品群”もそうです。ここに案内されて、初めてその由来を聞き、著名な芸術家の作品であることを知りました。柔らかい石に彫られているので風雨に晒された作品はもう形が崩れかけて何を彫ったのか分からなくなっています。でも興味を抱かせてくれる造形作品です。私には小さなモアイ像に見えました。こんな勿体ないような作品を作ろうと思い立った先輩たちの海老川に賭けた情熱を感じました。傍を通り抜ける多くの人たちはきっとそんなことは知らずに通り過ぎているのでしょうね。

きれいになった海老川の水

 川底に石などを敷き詰めた浅瀬を流れる海老川は、せせらぎが聞こえてくるような清流となって流れ、透き通った水が流れを作っていました。さくら橋の上流に当たる箇所です。唯、ところどころでプラスチック袋などのごみが捨てられて流れているのを見えます。上流から流れてきたのでしょうか。これには残念な思いがしました。

水鳥が戻ってきています!

 オオサギとコサギ  白鳥のオオサギとコサギのツーショット
ヒドリガモ (2) 頭が茶色のヒドリガモ
DSCN8435.jpg
ヒドリガモ (3) 白い胸とアカ茶色の腹、広いくちばし頭から胸にかけて青味を帯びたハシビロガモの雄
ゆりかもめ2
 赤い嘴と足が特徴のユリカモメ

 一番多く見かけたのが、オオバン。次いでユリカモメでしたが、数は少ないが、色鮮やかなヒドリガモの雄や白い羽のコサギ、オオサギ、アオサギなどもいました。オオバンは下流から上流までの至るところで川藻をついばみ、草を食べたり、潜って餌を探したりしている様子を見ることができました。カワウが魚を水中に潜って捕まえて食べたのを偶然に見ました。水鳥は鷹匠橋の上流で多く見かけます。特に飯山満川が流入する地点には数も多く、いろいろな種類の水鳥がいました。餌がいるのでしょう。バードウオッチングするには最適でしょう。
 オオバンは全身黒色の鳥でくちばしから額にかけて白いのが特色の水鳥です。すいすい川面を泳いでいる姿をよく観察すると、木の葉のようなみずかきを動かしながら水面を泳いでのが分かります。冬から春にかけて船橋の港や川でよく見かけますが、意外とその名は知られていないようでした。手賀沼では一年中オオバンを見られるとのことで我孫子市の鳥の博物館ではオオバンのマスコット人形を売っていました。夏には船橋で姿を見かけることがありません。

一万速歩!
有森裕子記念碑
 有森裕子記念碑(しじみ弁天像の隣・八栄橋の近くにありました)
福像巡りプラン
(海老川・長津川13福像巡りモデルプラン)

 市民の健康を願って設置された福像
この散歩道沿いにはマラソンランナーの有森裕子さんの記念碑がありました。一万歩を歩くことが健康づくりに推奨されているのを耳にしますが、海老川、長津川沿いの13体の福像は一万歩歩きを考えて設置されているようです。福像の標識には次のポイントの像に至る距離が刻まれているので参考になります。道標には一万速歩と書かれていました。速歩となるとなかなか難しそうで自信がありませんが、唯漫然と歩くだけでなく速足を交えた歩きの方が効果的だと教えてくれているのだろうと解釈し、これからの参考にしたいと思います。
                                                                      (浅井 信記)


未分類 | 08:40:53 | コメント(0)
夜の船橋
夜の船橋、ほろ酔い客とサラリーマンが行きかう仲通り商店街

夜の船橋駅南口
船橋駅南口 

夜の駅前通り
京成船橋駅前の人通り

明かりが灯る頃
仲通りのネオンが灯る。.

すれ違うと人と触れ合う仲通り商店街
仲通り 将軍も通った江戸時代の旧街道だと地元の人に教えてもらう。夜になると飲み屋街に変身する。

昔からの船橋人なら知っている一平
先ず目に入ってくる「一平」のネオン。昔からやtっている居酒屋はどこかと聞くと、この店をあげる人が多い。

加賀屋
シニアからサラリーマン、女性と幅広い層でにぎわう人気の居酒屋加賀屋」。午後4時には開店を待つ人の行列ができる。

加賀屋2
もつ焼きなど大衆的なメニューで2階は座敷席。寄り合い後に仲間と飲むのに便利な店だ。

三番瀬
三番瀬で獲れた魚を肴に特選の日本酒を味わえる店三番瀬

焼き鳥
店頭で焼き鳥

とっぺ
仲町通りの一番奥にある小さな飲み屋「「とっぺ」」を紹介しよう。

店の入り口
店の入り口。4時頃に開店する。店は10人入ると満席の小さな飲み屋で食事もとれる。

店内風景1
地元の常連に混じって、この日はユーカリが丘の住民という30代の女性がカウンターで飲んでいた。女性一人で安心して飲める店として紹介されたという。マダムの人柄に惚れたと同席の人と意気投合して談笑が続いていた。

シニアの味方とっぺ
”ほっとするマダム”というのが常連の印象。ほろ酔い3軒街歩きツアーを企画するなら、この「とっぺ」と「加賀屋」と「三番瀬」が船橋らしい店となるか。









未分類 | 17:59:47 | コメント(0)
船橋街歩きブログを始めました
船橋街歩きブログを始めました。

観光協会が認定する街歩きマイスターと一緒に、町の魅力を探ってみたいと思います。

街を案内する街歩きマイスターは地元のことに精通しています。
マイスターのみなさんから、昔のこと、最近のことなど街のいろいろな情報を聞き出して、
それを参考にして取材していきたいと思っています。

街角で見かけた船橋らしい光景、地元でちょっと話題になっている店、人情味のある居酒屋
など、直接に案内することができないところを訪ねながら
書き綴ってみれたらとイメージしています。
あわせて、マイスターが作っているホームページ「船橋ふれあい街歩き」には
街歩きの案内が掲載されています。
ブログとあわせてご覧頂ければ幸いです。
これからよろしくお付き合いください。

第一回は木下街道とその周辺を歩いてみました。

第一回 木下街道を往く

11月5日(木)、青空が広がる秋空の下、交通量の多い街道は危険ということで周辺の集落、上山を歩いてきました。

木下街道(縮小)

スタートは天満宮。

地域の鎮守・天満宮からスタート

イチョウの大木。見事な乳が垂れ下がっていました。
大銀杏の乳(

集落の道を歩くと、農家の庭先にはみかんが実っている姿を多く見かけました。
昔の人は家の西に成木としてみかんを植えたそうです。
辛抱する木に金が成るという格言があるそうで、お金が貯まることを願って植えたのでしょうか。

庭のみかん(縮小)

柿もたわわに実っていました。今年は豊作の年だとか。
そういえば、柿を食べる機会が例年に比べ多いですね。

)柿(サイズ小

船橋には珍しい熱田神社への参道は谷を下り向こうの森の本殿に続きます。
階段を上っていきます。

熱田神社への参道は谷を渡ります

路地に大根が吊るしてあるのを見かけました。
これぞ、日本の秋の風景だな~という印象。

路地傍の大根(サイズ小)

サカンカの垣根。ピンクの花を咲かせていました。

山茶花の垣根

上山の農道を歩いています。
上山を歩く


「同行記」

 集合したのは東武鉄道の馬込沢駅。「馬込沢」という珍しい名前が付いた駅だ。東武鉄道の前身となる北総鉄道の時代にはこの辺りは法典村だったので法典駅として開業したそうだが、大正13年にこの辺り一帯が台地と谷を利用したかつての下野牧の一部であったことを表す現駅名に改名されたという。西野雅也マイスターから早速に興味をそそられるエピソードを教えてもらう。

今日のコースのタイトルは「木下街道を往く」であるが、交通量が多い道路脇を歩くのは危険なので途中まで街道に沿った古い部落である上山集落の神社や寺を巡り、その後、街道に戻って街道沿いの藤原地区にある神社や故地を巡った。出発したのが10時過ぎ。

駅を出発し、街道を横切って高台にある上山天満宮に先ず立ち寄った。この地区は江戸時代初期に開墾された地。当時は上山新田と呼ばれ、上山と馬込の二つの部落が成立したという歴史をもっている。天満宮はこの馬込集落の鎮守であったとか。今はそれらしい雰囲気はないが・・・。

上山の集落には、船橋には珍しい「熱田神社」や算術塾が開らかれた日蓮宗の「本行寺」がある。小さな森に囲まれた熱田神社、歴史を伝える本行寺の半鐘、古い「道六神」碑などを案内してもらった。熱田神社の参道は谷を渡って急な階段を登る。一の鳥居から谷底に下りそこから階段を上り本殿に至る。次のポイントの「道六神」では祠のある場所を探すのに迷ってしまった。住宅化の波にのまれてこの場所にあった巨木が切り取られ一角に家が建っていた。マイスターを迷わす変化が部落に起きていた。この道祖神の石像は、上山部落の村外れの道が分岐する場所に置かれていて、村人が小室道と木下街道に出るときの便利な目印になっていた。木下街道につながる道の方に進むと、上長津川谷に下る谷道に出た。この道が貝塚道となる。台地の崖の上に駒形稲荷大明神が祀ってあった。谷底は整地され、そこに船橋啓明高校(旧船橋西高)の校舎が建つ。

道祖神からの道は谷に入り、向こうの台地に出ると「上山神明社」がある。この道が木下街道に続く貝塚道と呼ばれた旧道だろう。神社境内の参道を通り木下街道に出て、車が行き来する街道を横切った。もう藤原地区だ。船橋では台地とその台地を削った谷が内陸部に入り込んでできた地形があちこちで見られるが、上山地区の地形も海老川に合流している長津川上流の川(かつての谷だった上長津川、銅谷川、貝塚川、塚田川、向田川)が作り出した地形であり、急な谷が集落を分断していた。野馬を追い込む馬込沢もこの地形を利用したものであろう。

藤原地区も、上山の新田と同様に藤原新田として開墾された一帯だ。この地区を開発した方の末裔にあたるのが安川家。広大な屋敷に住んでおられる。長く伸びる玄関道の前で蓮見マイスターから安川家の歴史について説明を受けた。その後、街道沿いの法宣庵、七面堂に立ち寄り、この地で起こった悲劇の歴史の話などを聞かせてもらった。台地上にある街道は平坦で歩くには楽だった。

江戸時代、房総一の産業道路として賑わった木下街道は今は狭い車道に自動車が行きかう。人車鉄道が敷設され賑わった歴史もあるが、その痕跡は今は残っていなく、覚えている人も少ない。物流の道としての役割だけでなく、文化も伝来した道であったという。地元の先覚者たちに影響を与えたキリスト教や自由民権の新しい思想がこの街道を伝わって入ってきたという今日の締めくくりの案内を西野マイスターからの説明を聞き、街道の歴史と役割を振り返りながら街歩きは終了した。







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